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私の好きなトピックについて気ままにつづるブログです。洋楽の歌詞和訳や映画の話など。

カポーティ『冷血』を読んだ

 

 

カポーティはこれで3作目。1959年にカンザス州で実際に起きた殺人事件をカポーティが5年もの歳月を費やして取材し,「ノンフィクション・ノヴェル」としてまとめたもの。類まれな筆力を持った作家の力作。

カポーティの作品は,以前『ローカル・カラー』というエッセイ集を読んでから,風景・情景描写のみずみずしさといいその透明感あふれる筆致を好きになり,『叶えられた祈り』を読んで後戻りできないほどやみつきになった。(嘘つきの本心を文章で読むのが私は密かに好きなのですが,『叶えられた祈り』の主人公はその意味でなかなか私好みの嘘つきだった。脱線。)。

本作は作者が「ノンフィクション・ノヴェル」と呼ぶ,ノンフィクションなのにノヴェルという一見矛盾してるんじゃないかという作品なのだが,ノンフィクション映画の小説版と思えばたしかにそのとおりで,実際,本の展開は場面から場面へ移り変わる映画を観ているかのように進んでいく。

情景描写の緻密さといい,おそらく関係者からカポーティが直接に聞き取ったと思われる長セリフの数々など…ノヴェルというからにはある程度,脚色されているだろうが,(ひっじょ~に長い)関係者の証言をもとに人物像が肉付けされ,タイトルの「冷血」からは程遠いほど,登場人物たちの歴史・思考・そして体温が感じられるほどリアルに描き出されている。

登場人物の姿形や胸にいだいている夢,希望をくっきり浮かび上がらせたうえで,タイトルの『冷血』とは一体どういうことなのかと読めば読むほど続きが気になってぐいぐい引き込まれるのは,これはさすがのカポーティの筆力というしかない。

カポーティの作品といえばセリフが非常に長いのが特徴だと私は思うのだけど,嘘か真か,カポーティはインタビュイーの話をメモも取らずに聴き取り,あとから一言一句間違えずに文章にできる記憶力の持ち主だったらしい。

以下,ネタバレ。

 

 

内容は一言でいえば(言っちゃっていいのか)刑務所で意気投合したペリーとディックが出所後に,カンザスの片田舎で夢を叶えるという名目で私利私欲のために残忍な犯罪に手を染めるというもの。ペリーは独身,南米で財宝探しを夢見る青年。ディックは3度結婚し,口がうまい。「ノンフィクション・ノヴェル」なのでこの二人は実在の人物。

ディックの方は結婚もしているが,なんというかひょっとしてこの二人はできてるんじゃないかと思わせる箇所が多数。「捕まるなら二人一緒がいい」などのあたり。なんというか,そう,生まれる前に性別が選べたらボニー&クライドになっていたんじゃないかと思うような二人組だなあと読んでいて思った。

そして読んでいてまあ…米国では銃乱射事件が度々起こりそのたびに銃規制の議論が持ち上がり,しかし議会ロビイスト全米ライフル協会などの鉄壁の守りからなかなか銃規制に向けた議論が進まないという状況が海を飛び越えて伝わってくるわけだけど,なんで毎年毎年国民をあれだけ死傷させている武器の規制を望まない国民の方が多数派で,しかも銃の販売数は年々増加しそれに伴って銃犯罪も増加している状況を国民が受け入れているのか疑問に思ってしまうのだけど,こうした米国中西部の比較的田舎の方の街と街の距離も離れていて人口密度も低く,コミュニティでは誰もが顔見知りという環境で,こうした事件がこうした動機で起こされてきた歴史が積み上がっている現実を生きることになれば,自衛のための究極の手段を持たずに生活するのは困難だろうし,銃規制なんて口が裂けても言えないのではないかと,想像してしまう。そもそも治安の概念が,銃なんて生涯見ることがないんじゃないかというくらい銃規制が厳しい日本に住む者(私のような)とは異世界レベルで乖離しているのだろうな,と。そんなことを思った。

南米で羽ばたいた蝶が空気を揺らしたことで遠い地で台風が引き起こされるかもしれない――バタフライ・エフェクトという有名な話があるけれど,本作のように善良に暮らす人々がある日このような犯罪に巻き込まれてしまうとは,世界の不条理とカオス的な側面を見つめるようだった。

 

ちなみにタイトル『冷血』(原題“In cold blood”)の由来はWikiによれば,何年にもわたり加害者と交流を深めたうえで取材を続け,作品を発表したカポーティ自身を指すのではとする説もあるらしい。カポーティは本作以後,短編しか完成させられず,『叶えられた祈り』を含めた長編を完成させることなく世を去った。なるほど闇が深い…。

冷血 - Wikipedia

 

タイトル「冷血」の解釈は,いろいろあるでしょうが,読んでいて私が思ったのは次のとおりです。

・優れた才能を持ちながらも十分な教育を受けられず誰にも顧みられることのなく幼少を過ごした加害者のうちの一人
・強盗目的で押し入った家に金庫がなかったにもかかわらず被害者を手にかけた加害者二人
・そして被害者の懇願に耳を貸さなかった加害者
・被害者の身体から流れ出た血そのもの
・強盗殺人で得たわずかなお金で南米に行き遊び回る二人
・加害者二人の行く末はわかりきったことだからと大あくびで裁判にのぞむ陪審
・加害者二人を生み出さないための役には立たないうえに犯罪の抑止力として機能しているのかさえ疑わしいのに,起こった犯罪に対しては合法的に国家が刑罰として犯人の命を奪うことができる法システム
・弁護側の抗弁も虚しく,結局「コーナー(絞首刑)」にかけられる加害者二人
・そして上でも述べた,刑の執行直前まで加害者と交流を深めた上で事件の細部に渡るまでを聞き出し,著書として発表した著者。

 

タイトルの「冷血」からは冷血なのは一体誰だったのか,ということが問われていると思いました。