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学生の頃に読んでえらく感動した小説を再読してまたえらく感動した話『上海ベイビー』衛慧

9月は自分のなかで原点回帰ということがひとつのテーマになっていて,べつにそうなった経緯に特別な理由はないのだけど,ある日突然それが自然発生的に自分に降りてきてそうなったというだけで,(わたしはこの種のある日突然自分に降りてくる直感を大切にしているというだけの)そうした理由から学生時代に読んでいた小説をまた読んでいた。

読んでいたのは『上海ベイビー』という上海在住の女性作家・衛慧が1999年に発表した小説で,大胆な性描写で注目され当時の中国でベストセラーになった。しかしすぐに中国当局に目をつけられ発禁処分を受けてしまった不遇の経緯をたどる私小説風の本である。この本を読んだ当時のわたしが主人公の女性がもつ精神の自由さに強いあこがれを抱いたのを今でもよく覚えている。

主人公のココは1999年当時の中国で新人類と呼ばれ,それ以前の年代にはなかった自由で新しい生活様式を送る女性。そんなココには心から愛するボーイフレンドがいるが,彼はとある理由から彼女を性的に満足させることができない。彼女は満たされない欲望を,パーティーで知り合った魅力的な妻子あるドイツ人男性に向ける……というあらすじからして破滅的な結果が予想できる内容だ。

本作は当時の中国の世相を反映したものとなっており,今読むともうさすがに少し古いのかもしれない。出版された当時に読むことでしか完成しない小説ではないかと思う。訳者の桑島道夫さんは男性の方であるが,原作の女性心理をとてもうまく表現されていることにも驚かされる。

手にとったのはわたしが大学生のときで,2007年頃の話だから,その時点で出版から7年経過していて,わたしが最初に読んだのも今から14年前のことになる。振り返ってみると,わたしは本書にはずいぶんと借りがある。というのも,本書を再読してみて,わたしが主人公のココという女性の,世界を見る目だとか言葉をずいぶん長く自分のなかに宿して今日まで生きてきたことに気付かされたからだ。(記事にすること自体,”自分自身”の考え方のネタバラシをするようで多少気が引けるのもあるが,まあそれはそれ)

あのころの自分が,ココという女性の自由な精神に心惹かれたことには何か理由があったのだろうかと考えるが,今も答えが出ない。ただこの本はまちがいなくわたしにとっての特別な一冊で,わたしが世界と関わるときの恐れをなくし,また小説を書くきっかけともなった。わたしはそれほどに本書から影響を受けたのだなあと,ずいぶんあとになってからわかったことではあるけれど。知らず識らずのうちに心惹かれ,一心に読んでいた言葉の列はやがて自分が世界を見るときの眼鏡となり,世界を描写するときの言葉となる。また,再読中にわたしは本書を読んでいた学生時代の気分にすっかり浸ることができた。小説にはその小説の中で流れている時間の他に,その小説を読んでいる者の時間が合わさって初めて完成する内なる世界があると思う。

 

残念ながら,現在,既に絶版。これほどまでに影響を受けた作品なのに,実は,当時新品で買って持っていた本書を読み終えて引っ越しのタイミングで捨ててしまっていた。それが10年以上経ってからどうしても再読したくなり,絶版と知り絶望したものの中古本を探し回ってようやく手に入れた。一度最後まで読んだ本は捨ててはいけない。後悔するから。というのも本書から得たもののひとつかもしれない。